高市早苗総理演説全文「はせ浩を失っちゃいかんのです。」石川県知事選挙

2月28日、石川県民大集会での高市早苗総理の演説動画の文字起こしを掲載いたします。

高市早苗総理演説全文

皆さま、こんばんは。お寒い中、ちょっと小雨も降っておりますが、大勢の皆さまが、こうして、馳浩さんのために駆けつけてくださり、心から感謝を申し上げます。まずはありがとうございます。今日は皆さま、ご承知の通り、イラン、大変なことが起きています。ちょうどこちらに向かうために空港に向けて出発しようという時に、イスラエルが、イランを攻撃した第一報が入り、その後、飛行機乗る直前です。どうも米軍も参戦したらしいと。それで飛行機に乗るかどうかだいぶ迷ったのですが、この後すぐ東京に戻って、関係閣僚と会議をします。必要な指示も出しましたし、ちょっとかなり前からですね、様々な動きを、情報を見ながら、イランにお住まいの邦人の皆さまに早めにですね、国外に退避していただく、そういった対応も続けてまいりましたので、この後、危機管理、万全の体制をとってまいります。

そんな中ですけれども、本当に、馳浩さん。これまで多くの皆さまの命を守るために、そしてリスクを最小化するために、今まさに危機管理って本当に大事です。何が起きるかわからない。皆さま、本当に、辛い思いをしてこられましたよね。でも、馳さんの一期目っていうのは、もうその対応で大変な状況だったんですよ。毎日毎日、馳さんは能登半島地震、奥能登豪雨といった対応に追われながら、それでも、それでも折れることなく、へこたれることなく歯を食いしばって、時には笑顔を見せながら、多くの皆さまの安心を確保するために、本当に辛い思いをしていらっしゃるたくさんの方々の、もう一回生活を取り戻す、生業を取り戻すために、頑張ってこられた。その知事の働きを、まず今日お集まりの皆さま、誇りに思ってください。私も誇りに思っております。よろしくお願いします。

本当に地震が起きた日に、馳さんにメールをしたら、いやぁもうどんなに大変な状況か、メールをしていいのかどうかも悩みましたけれども、私と同じようにたくさんの国会議員が、馳知事にメールをしたと思います。とにかくできることがあったら、何でもやるから言ってくれ。私たち永田町にいても、みんなそういう思いなんですよ。馳さんと一緒に長いこと働いてきた。馳さんの人柄を知っている、一番今辛い時だろう、県民の皆さまを守るために、そして本当に悲しい思いをされた方のために、どんなに彼が頑張るか、もう想像がつきますから。私たちにできること何かないか、多くの方々が同じ思いで馳さんにメールをしたと思います。そんな中で一番折れているはずの馳さんから返ってきた返信は、「🔥(ファイヤーマーク)」でした。まぁなんとか、分かった分かったと。もうとにかく闘魂で頑張るんやなということでしたが、その後ですね、馳さんはいろんな形で、こういうことで、国の方で応援してもらえんか、ああいうことできんか。まぁいろんなことをね、私たちに頼んでくださった。私たちも必死で応えてきた。それは馳さんと多くの国会議員たち、そして、霞ヶ関のたくさんの省庁と馳さんの信頼関係、ネットワークがあるからですよ。だから、それができたのは、馳さんが知事だったから。本当に言いにくいことですけれども、それでも、たくさん被災された地域があった中で、それでも何よりの復興をですね、どっちかといえば早いですよ。よその県で、同じようなことが起きたことを考えますとね。例えば今年の作付けできる農家の割合7割ぐらいが、被災前と同じようになってきている。水産の漁獲量を見てもですね、だいたい8割ぐらいまでに戻ってきているかと思います。一つひとつのことを見ると、どんだけ馳さんの頑張りで、馳さんの応援団がどれだけ動いたか。これは皆さん分かってください。
私と馳さんは内閣で一緒に働いていました。私が総務大臣で、馳さんが文部科学大臣でした。いろんな仕事を一緒にやりました。その時に総務省との情報通信の関係もやってます。馳さんと一緒に、例えばGIGAスクール、今学校でもずいぶんデジタル教育盛んになりました。そして今、私たち自民党でもですね、とにかくこれから必要な産業人材、AIも使いこなせる、プログラミングはもちろんのことですが、いろんなことができる。即戦力となる、人材が決定的に足りないから育てよう。でもそのために、やっぱり馳さんがあの時一生懸命やってくれていたGIGAスクールの構想を推進してくれました。そして今、お地元でも一生懸命推進をしておられる。

こういったことが花開くんですよ。やっぱり人材力って大事です。地域が成長するためにやっぱり人です。その人を動かす。これがやっぱりもう成長にとって一番大事なことです。どうやったら人が動くか。それは希望を持つことです。今が不安だ。未来が不安じゃない。じゃなくてですね。やっぱり未来に向けて希望を持つ。それが人を動かす。人が動けば、いろんな形で地域が元気になっていく。その大元を作り、実践をしてくれた。

あと、あの頃はですね、省庁ができるだけ丸ごとじゃなくてですね、いろんな部局を地方にも分散させよう、そういった内閣の方針がありました。馳さんと一緒にいろんなことをやりました。例えば文化庁を京都に移そうよとか、それから国立工芸館、金沢に移そうよ。そんなことも馳さん、コツコツコツコツやってきた。私は私で、総務省の中の統計局の一部ですけれども、これ和歌山県の方で、今頑張ってくれてます。そんな仕事も一緒にやってきました。

でも皆さま、これからこういう、できないって言わない知事、何でもやると。できない理由を挙げるのは簡単なんです。今、高市がやっている責任ある積極財政、成長投資、危機管理投資、こういったものにもたくさんご批判はあります。メディアでも、それはもうどんだけ叩かれているか、私はテレビも今見る暇ないし、あんまりインターネットもチェックしてないし、週刊誌とかも読んでないし、どんだけ叩かれているかっていうのは暇なうちの旦那さんがですね。療養中の旦那さんが見て教えてくれる程度で、私自身はあんまり分からないんですが、批判するのは簡単で、誰かがやろうとしている政策に対してできない理由を言うのも簡単。それはこういうことがあるからできんでしょう。いや、批判は簡単なんです。でも私は諦めない。絶対に諦めない。馳浩もそうです。諦めません。何があっても諦めない。

ずっと私も馳さんもその姿勢でやってた。できない理由を考えるんじゃなくて、一緒に、できないんだったら、そのできる方法を考えようよ。これが私たちの共通点です。馳さんはとにかくできないことをできるようにする。これが一番、一番彼のすごいとこなんですね。できないことをできるようにする。私も同じです。どんなに叩かれようが、どんなにできない理由をあげつらわれようが、いや、そんなんできない理由を全部クリアしていけばできるようにしようやと。いや、これ日本のためやろ。だって本当に、諦めたらもう未来なんて作れませんから。でしょ。

この金沢市内、すごい会社ありますよね。もともとは日本酒の金沢で作った日本酒の瓶を洗う。その瓶を洗う機械。産業機械のメーカーさんです。でも、それが今、そのボトリングですとか、それから梱包関係なんかでも日本でシェア1位のすごい企業になってますよ。でもこの企業はこれからも海外でもどんどん需要が出てくる。それを見越して、この石川県内に工場4つ、この数年間で国内投資をした。しかも県内なんですね。工場をこうやって投資して作った。でも私が目指してるのってそういう日本なんです。今、日本が弱い、潜在成長力が低いって言われる一番の理由は、国内投資が減っているから。国内投資が足りないから。海外に工場を建てるんじゃなくて、国内に工場を建てる。そして、古い機械を使い続けるんじゃなくて、自分のところの機械を最新化しながら生産性を上げていく。でも、なかなかデフレマインドの中じゃ、できないですよね。だって需要が見込めなかったらどうなるんだ。社員さんのお給料を払わなきゃいけない。いや、とても投資をする余裕がない。でもやっぱり需要も増やす。供給力も強くする。そのために新しい取り組みを今、私としても始めております。でも、この金沢市にもそうやって挑戦をして、世界市場を見据えて、これからどんどん需要が増える分野なら。じゃあ工場作ろう。それもふるさと地元に作る。この数年間で4つ工場を、ちゃんと県内に建てる。こういうことがすごく大事。

それから、例えば航空部品を作っている会社になります。ちょっと前まで金沢市内本社でした。今、石川県内ですが、本社は違うけど、金沢市内に工場はあります。この企業だってすごいですよね。金属部品の会社ですけども、これから航空宇宙分野っていうのはものすごく伸びる。だからここもこの県内に2工場体制にしています。これは今、経済安全保障推進法、この法律にもとづいて安定的に供給してほしい。やっぱり飛行機、日本でちゃんと作れなきゃいけない。船もそうですけど、飛行機も作れなきゃいけないということで、この会社は指定を受けて、今一生懸命投資をしてくれています。だから素晴らしいものづくりの宝物もお地元にあります。

そしてスマート農業もすごいですよね。米も大麦も大豆も、こういったものを今スマート農業で石川県内で取り組んでくださっている。陸上養殖も新しい挑戦が始まっている。だから素晴らしい技術を活かしながらチャレンジをする。挑戦をする。そういう人たちがいっぱいこの石川県内にいる。

まさに馳浩。いつも挑戦、チャレンジって彼言いますよね。だから私も衆議院選挙の時に挑戦しない国に未来はない。守るだけの政治では希望は生まれない。そう訴えながら日本中回ってきました。でもその通りだと思うんです。常に馳浩はチャレンジ、挑戦も続けている。

とにかく、これからもう、そうやって先進的な取り組みを常に始めてる企業もある、農家さんもある。そして漁業者も新しい技術を使いながら、いろんなこと始めてる。その成長の種がいっぱい県内にあるんですから、これを花開かせて、経済をもっと元気にして、そしてやっぱり石川県って一番住みやすいとこやな。ここで子どもたちも、いい教育を受けて、そしてここで働いて、そして年を重ねていっても必要な医療も福祉も受けられる、そういう県にしていく。そのためのチャレンジ。今、高市、そして馳のコンビだからできること、あります。

今、日本各地に産業クラスターを作ると私は言ってます。今どうしても進学の時に大都会に行っちゃって、もうそのままふるさと帰ってこないとか、本当はまあ、うちなんかもそうでしたけれども、両親相次いで看病したり介護したりしなきゃいけなくなって、東京と奈良を行ったり来たりしながら、仕事もうやめようかな思ったこと何度もありましたよ。だけれども、大好きなふるさとに住みながら、そこで働いて、年を重ねても、ちゃんと福祉も受けられる、医療も受けられる。できたら健康で、また長く社会と関わりながら貢献もできる。そういう地域にするためにも、やっぱり経済を強くしなきゃいけない。産業クラスターを作ろうとしています。馳浩さんはそれに大いに賛同をしてくれている。石川県にはその素晴らしい技術の種がいっぱいある。もうすでに花開いている技術もある。そして一番いいのが、北陸の隣県と仲がいいことなんですね。

馳さんになってから本当にあのネットワークいいですよね。なんか北陸力合わせて。みんなで元気になろう。お互いに尊重し合って、お互いに敬意を払い合ってですね。お互いのいいところを称え合いながら、なんか石川県一人勝ち、金沢の人って結構上から目線って感じるんじゃなくてですね、いやいやだってやっぱすごいもんね。食べるものも美味しいし、すごい伝統あるし、美しい景色もあり、そして漆器ですとかいろんなもの、石川県いいものあるから、いやそれはなんか、いろいろ「翔んで埼玉」とか見るとですね、こう序列があるような感覚があったんですよ。馳さんなってから本当に三県連携しながら、一緒に成長していく。そういう空気を作ってる。だからすごい知事を皆さまは絶対に失っちゃいけない。本当にそうなんです。スマホ一本で、スマホ一本でいろんなことをですね、どこの役所にでも頼める。どの国会議員でもこき使える。こういう知事を失っちゃいかんのです。こんな大変な時に、一応、内閣総理大臣をしている自民党総裁を呼びつける。こういう知事を失っちゃいかんのです。だから今回とにかく、私は、もう出てですね、東京で会議をしなきゃいけませんので、これで失礼いたしますけれども、皆さまが、とにかく皆さん、今から投票日まで大きなこと言いません。10人。もう1日1人ずつでもいいですから10人にできたら2人ずつ。あの声かけてください。馳やなかったらできんよと。馳やなかったら発展せんよ。馳やなかったら子どもたちの未来考えたら、馳浩やなかったら作れんよ。そういうことを言いふらしたってください。もうとにかく皆さまがどんだけスマホに入ってる友達に、電話をしてくれはるか、それからご家族、ご家族、そして趣味のお友達、職場の同僚、お取引先の人が来たら馳浩って声かけてくださるだけで、こんだけ大勢の皆さんいらっしゃるんです。今0.数ポイントぐらいの差で競ってると聞いてます。そんならもうこれ一気にひっくり返せます。だからお願いします。どうか厚かましいですけれども、とにかく、とにかく、とにかく皆さまに伏してのお願いです。もう馳浩を勝たせてやって、そしてもっともっとこき使ってやってください。一緒に働かせてください。お願いいたします。今日はありがとうございました。